Yoichiro's ダイブマスター修行 奮闘記 ブログ版

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Bangka島小遠征の巻 (その 2)

Yoichiro の ダイブマスターとしての奮闘記 第2弾 (続編)

 さて その1 からの続きです。

3月18日 (日曜日)

 ゆっくりと朝食をとった後、けっこう強い雨模様のため様子見をして、予定より少し遅めにダイビングを開始。

1本目のポイントはBatu Gosok というミンピ・インダ・リゾートから西側にボートで10-15分位行ったポイント。 エントリーポイントから大きな岩が点在する美しい海中地形が広がっている。 あいにくの雨にもかかわらず透明度も30m以上はある。 25-30m付近をうろうろとしたけど特筆するものは見られなかった。 本当は最後の根の裏の下のほう(流れの影になる部分)に大物がごろごろいたんだよぁ・・・との師匠が言っていました。 最後の10分は若干カレントの強い場所に。  安全停止も兼ねて根の上のほうで 浪人味?、ロウニンアジなどをみていたら、横にいるバディはいつのまにか マイペース・モトヤマさんでなく、デンデン・ヒーランさんに ! エア切れとなったらしい モトやんとイイトモ爺はいつのまにかに ガイドに連れられて浮上に逝ってしまったらしい。 後で、師匠には「いつでもバディといなきゃだめだよ」 ときついお叱りを受けました。 

 2本目Tangjung Totok。 エントリー後は深度15m付近の平らな岩場が広がる場所で集合。 地形的には1本目と同じようなもの。 大物はJenny Bigママと秘密のあっ子ちゃんペアがホワイトチップを見たい以外は不発でした。 ようやく天気が回復してきたので安全停止をした5mあたりはすご~く ソフト・コーラルがきれいでしたよぉ・・・



海龍亭一行は再びバンカ島に上陸しリゾートの食堂でランチタイム。 








しばし休息の後 3本目Gosok Kambing ポイントへ。 エントリーした深度20m付近は砂地がひろがる。
 
 ボクちゃんは危険とも知らずにゴマモンガラにアプローチしてお写真をパチパチと・・・

 ボクちゃんは知らなかったけど、ゴマモンガラ、通称ゴマモン、これは卵を守っている時は本当に危険らしい。 タマゴの位置を頂点視した直径5m 高さ10mくらいの逆さ円錐上の水域が防空(防水)圏内らしく、この最終防衛ラインを突破して進入してきたものはエイリアンとして果敢なる迎撃活動をおこなうのだそうだ。 Jennyママはフィンをかじられた事があるとか、誰それは それどころか耳を齧られたとか・・・ 知らないとは言え、周囲からは勇気あるねぇ・・・Yoichiro君は!と見られていたらしい。 (冷汗)

 そう言えば良く見ると、この凶暴そうな顔!


 砂地では、タツノオトシゴの仲間やカミソリウオ、モンゴウイカと戯れる。(師匠とJenny Bigママはイカを捕まえようとしてました。ちゃんと証拠写真を撮ってるもんねっ!) 

その後はカレントに逆らって進みながらカクレエビなどを観察。 その後反転してもとの砂地に。 砂地では、お約束のガーデンイール、ゴンズイ(なまずの仲間らしい)、小さいウミウシなどをみてのんびりとすごしました。

 砂地がとっても美しかったです。



大満足の2日間6本のダイビングを終えた海龍亭一行は一路マナドに向かう。 バンカ島を出発したのが午後3時半。 最初は太陽の下でぐっすり睡眠していた一行もマナドに近づいたころには日も沈み冷たい風の中でみんなヘロヘロ。でも帰りの船の中から見た夕暮れの「マナド・トゥア」は本当にきれいだったなー。 宵の明星もでていました。




これまでの ダイビング 本数  183本 



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Bangka島小遠征の巻 (その 1)

Yoichiro の ダイブマスターとしての奮闘記 第2弾  

ボクちゃん達、海龍亭一行はインドネシアの19日の祝日(ヒンズー教の祝日 ハリ・ニュピ)を利用して16日の夜から19m日まで北スラウェシ州のバンカ島にダイビングに行ってきました。 バンカ島は赤道よりちょっと上にある。 2月の卒業検定準備ダイビング以降、3回連続でコトック島でのダイビングが続いていたボクちゃんには、実質2日間6本のダイビングでしたがすご~くいい気分転換と同時に、ほとんど荒らされていないスポットで潜るという貴重な体験もできたいいダイビングでした。 今回の参加者は、海龍師匠、Jenny Bigママ、デンデン・ヒーランさん、イイトモ爺、マイペース・トモヤマさん、秘密のあっ子ちゃん、そしてボクちゃんの合計7人の少数精鋭です。

海龍亭一行は夜7時発のライオン・エアに乗るべく時に空港集合。 マナドまでは飛行時間が時間近くかかる上に時差が時間ある。その上、空港からホテルまでは更に1時間かかるので順調に行っても到着は深夜となる。 おまけにライオン・エアは平均時間遅れ(前回20063月のマナド遠征時には出発が時間遅れたうえに、帰りの中継地ウジュンパンダンでも時間待たされました こちらを参照くださいね)。今回は幸いにも、1時間遅れで済んだけどホテルに到着したときにはすでに翌日の時過ぎ。 おまけに出発は朝時なのでほとんど睡眠が取れない(汗)。 はたしてボクちゃんたちは、本当にリラックスに来たんだろうか・・・

317 (土曜日)

ほぼ予定通りの朝時半 (インドネシアでは30分くらいの遅れは予定通りといいます) にダイブ・オペレーターご自慢の新造船 (といっても85馬力のエンジンが3機だけ)で出発した海龍亭一行は一路バンカ島海域を目指す! 水面も穏やかで景色も最高。途中でイルカも見ました。 といってもバンカ島へは3時間の道のり。 最初は興奮していた海龍亭一行も、前日の睡眠不足も手伝い、徐々に深い眠りの底にそしてやっと着きましたバンカ島。 ここは海龍師匠を含めて一向全員が初めての未知の場所なのでいったい何が出るやら。 船からみるバンカ島周辺は岩場が沢山あり、いいダイビングポイントがありそうだ ムフフ・・・

1本目 Batu Mandi というポイント。深度25m位から5-7m毎に深度を上げていく形のダイビング。 ガイドはチェックダイブのつもりなのか(?)、その割には全くダイバーの様子を見ていないし・・・ 一生懸命タンクを叩いて呼ぶから喜び勇んでいってみると、「ウミウシ」か「ウツボ」(海龍師匠曰く、「西洋人はウツボ喜ぶからね~」)  残念ながらいまひとつ意図のはっきりしないダイビングでした。 ただここで終わらないのが新DMのボクちゃん。 自分がガイドするときにはテーマのはっきりしたダイビングにしようということを勉強したのでした。  いい忘れてましたが、バディはボクちゃんがマイペース・モトヤマさんと、Jenny Bigママがあっこちゃんと、デンデン・ヒーランさんがイイトモ爺と親子バディ結成、海龍師匠が周りから例によってガイド評価を兼ねて厳しい目を光らすという構図です。 (どうやら師匠はこのダイビングで、このガイドを単なる道先案内と位置づけたようです)

 


昼食後の2本目Sahaung I というバンカ島での宿泊先から南 10分くらいボートでいったポイント。 岩付近のエントリーポイントから全員一斉にエントリー。 水面から予想したとおりの美しい海底地形が広がってる。 深度25m付近では「黄色に青い線が2本」(師匠なんですか名前は?)の大きな群れと遭遇。 いやいや美しい。 そしてその後ろにはツムブリ(と思うんですが)10匹ほどの隊列を組んでいる (残念ながらいい写真は撮れませんでした)

 突然海龍師匠が紫に変色した壁を指差す・・・???・・・やにわにその紫の壁をけずりだす・・・?・・・.すると他の魚が急に集まりだして削りかすを食べ始めたのだ! 後で師匠に聞いたら紫のものはスズメダイオヤビッチャー)の卵だったらしい。 このポイントは素晴らしい海底地形で階段状の岩とサンゴが広がっている。 思わず腰掛けようと思ったくらいです。 海底地形を楽しむというダイビングもあるんだなー

 


本目 Tiga Batu というバンカ島での宿泊先の目の前のポイント。 海龍師匠とボクちゃんは皆が潜行してくるまで深度5mのテーブル岩で待つ (本当はバディと一緒に潜行が基本なんだけど、ボクちゃんはイイトモ爺の落としたシュノーケルを救出しにいったのだ) すると、師匠が一生懸命 隠れ熊のみ、カクレクマノミを見てる。 カクレクマノミなんてコトック島でもいるのに・・・が、よく見るとでかい、ほんとにでかい!普段見るカクレクマノミの 2~3倍くらいはある (ちなみに、これは巷で言われる Imaiスケールではなく、実測値です)。 

最初のみどころのクリスマスツリー岩(勝手に命名。海底から10m位の高さで直径2mくらいの円柱上の岩が単独でそびえている)。 頂上付近でガイドが呼ぶので「またウミウシかウツボ」だろうと期待せずに行ってみると深緑色の30cm位フロッグフィッシュがいるではないか。 フロッグフッシュがすごく珍しいわけでないけどこれほど大きいのはあまりいない 。 その後も、巨大ウミウシ(黄色)ピグミーシーホース (ボクちゃんはデコが出そうだったので泣く泣くあきらめました) などをみて満足の一行。 大物がいそうなポイントだったけどたまたまがカレントが弱かったためかボクちゃんたちは遭遇せず。

 

17日の夜はバンカ島 ミンピ・インダ・リゾートに宿泊。 バンカ島はあまり人の手が入っていないので自然が一杯。 夕焼けなんか、目が溶けそうなくらい綺麗だ (こんな表現あったっけ?) コトック島のワイルドなコテージに慣れている海龍亭一行には十分快適だ。 唯一の難点は、オープンスペースにあった食堂に大量の蜂(蝿でも蚊でもなく、ハチ!) がいたことくらいだ。 深夜一時半にはちょっと大き目の地震が発生。ちょっと津波なんてことも頭をよぎりましたが眠かったのでそのまま寝てしまいました。 おまけに明け方からは大雨となり、なんだかブルーになった海龍亭一行でした。

 (続く

これまでの ダイビング 本数  180本



 

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Calpico U のダイブマスター挑戦 総括 要約編


DM三銃士の一人、カルピコ Uです。 Yoichiro 氏が既に書かれているとおり 3月の10-11日に行われた小生のダイブマスター検定試験に とにもかくにも「合格」して晴れて 候補生の肩書きのとれた「ダイブマスター」に昇格しました。

 過去にこのブログの執筆代打を何度も手がけてきたよしみで ここに小生のダイブマスター挑戦の総括の要約を載せていただくことになりました。 全文は 近く 海龍亭 別館 に 「Calpico U のダイブマスター挑戦 総括編」 としてアップされる予定です。


今を去ること約1年半前、小生がまだSeaDragon の門を叩いて間もない頃、Yama No.1 DMの送別会がありました。 丁度その場でDMの認定証を手渡され、Yama No.1 DMのその何とも言えない晴れやかな笑顔に年甲斐も無く、「自分も挑戦したい」 という思いがふつふつと湧いてきて、その夜にみんなの前で 「私もDMを目指します !」 と酒の勢いもあり、宣言してしまいました。インドネシアに駐在して何か記念になるものを求めていた小生にとってダイブマスター挑戦は極めてCOOLなものにみえたのです。 (実際はとても HOTだったのですが・・・)

 オリエンテーションで Dragonest 9期生となる Yoichiro 氏、Yoshi K氏との候補生として初めての合流。  小生としては体力も知力もひけめを感じて、お二人の倍くらいの時間をかけるつもりで頑張ろうと長期戦を覚悟した次第です。

 さて、「ダイブマスターコース」の内容ですが、その豊富さにびっくり仰天 !!!

 小生を最も不安に陥れたのが学科 !!! 「生理」「物理」はもちろん「リクリエーションダイブプランナー」にしてもかなり理系っぽいものばかり。 小生は一応国立大学出身ですが理科、数学は全くの苦手で高校時代は何度も赤点取得の経験がある位の理数オンチなのです。 エコノミストや経理マンとは素養が違い、「不安」 の二文字がますます頭の中であふれるのでありました、 どうなることやら・・・・

  ダイブマスタートレーニングを始めて、学科や一般スキル以外にも色々なことを始めました。 OW講習用のフロートの取り付け、ディープダイビング時の潜降ロープの取り付け・予備タンクの設置、水中地図作成用のボトルの取り付け、タイヤや瓦礫を水中で運ぶ作業ダイブなどです。

 最大の失敗は漂流事件です。 まだダイブマスター修行を始めて間もないときのことです。 水深約22-23mのところからフロートを打ち上げ、一旦浮上し山立てをして位置確認しようと計画していたのです。 師匠からは深場からフロートを上げるのは結構 難しいよ、と忠告を受けていたのですがその通りの結果になってしまいました。 フロートを上げようとしたところ、フロートに空気を入れすぎ吹き上げられてしまい、あわててフロートの空気を抜こうともがきましたが、ラインが絡まってしまい、そうこうしている内にどんどん流されてしまいました。 結局 桟橋前というみんなの見ている前で浮上したものの、そこから数百米も流され、結局 救援ボートが出動するハメになって拾ってもらいました。 おまけに ボート上では Y女史が 冷やかしの高笑い・・・ (【緊急情報】 今週の悲劇 !!! を参照)

 生徒ダイバーのアシスト中で何と言っても思い出深いのはストーン夫妻です。 8月から10月にかけてプール講習から海洋実習までほぼフルにお手伝いしましたが、最初は面かぶりすらためらっていた二人が何とかOWのライセンスをゲットしたのは特筆ものです。正直小生はこの二人にはライセンス取得は無理ではないか、と思いました。

 しかし、師匠の根気良い指導、またレベルに合わせたプログラムのおかげで少しずつ、課題を克服していきました。 最後の海洋実習でKotok Kecil で立派に泳いでいたのには感激しました。ライセンスをゲットした時の彼らの嬉しそうな顔は一生忘れないでしょう。人にダイビングを教えることの喜びを知ったのはこの時です。私自身も彼らのアシストを通じて沢山のことを学び、ダイバーとして一皮剥けたかなと感じたのもこの時でした。 (Calpico U 氏 大奮戦 ! Part II を参照)

 レスキュー訓練、学科試験、スタミナ試験などいろいろあったのですが、詳しくは総括編に譲るとして、ここではいきなり最後の卒業検定試験です。


 雨で始まった前回のYoichiro 氏の時とはうってかわって好天に恵まれました。前回遅刻してきたアイスマンさんも時間通り到着。当初から決まっていたメンバーにイイトモ爺さんにアツコさんを加えて総勢 6名の参加者+アシスタントのYoichiro 氏というイロケも愛嬌もある賑やかな顔ぶれになりました。

 本人は絶好調のルンルン気分で調子に乗ってやっていたんですけど、実はかなりシリアスなミスも犯し、「検定中止」すれすれの状態が続いていたことは 検定後の評価ミーティングで師匠より厳しく指摘されました。  でも 長くなるので(都合が悪いので?)詳細はここではパスしちゃいましょう! 


とにかく 結果は無事「合格です。 やったー、ばんざーい !!! 
 結果よければ全て良し!


 参加者の皆さん、アシスタントのYoichiro さん、本当にありがとうございました。小生としては良い天気、良い海況、良き参加者、良きアシスタントに恵まれ、現在の自分の実力では非常に満足の行く内容だったと思っています。 かなり自信も付きました。  しかし、ミスもたくさんあり、師匠からは数々のご指摘を頂戴し、今後の課題も非常に明確になり、大変勉強になった卒業ダイブでした。

 これで約1年間にも及ぶ小生のダイブマスター修行が終わりました。随分歳をとってからのチャレンジで体力的に知力的にも限界を感じたことも何度もあり、ここまで続けてこられたことに誇りを感じるとともに師匠や一緒に修行を積んできたYoichiro 氏やYoshi K さん、卒業ダイブに参加して頂いた方々始めSeaDragonのメンバー達、そして理解のある家族のご支援にこの場をお借りして心からお礼を申し上げます。  また、改めて「潜水道」を極める為、精進を重ねていきたいと思っております。



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カルピコU氏の卒業ダイブの巻

Yoichiro の ダイブマスターとしての奮闘記 第1弾  

  めでたくダイブマスターを取得したボクちゃんのダイブマスターとして初めてのダイビングは、3月10日-11日とDM三銃士の一人カルピコU氏の卒業検定ダイブに被験者のアシスタントして参加してきました。 海龍師匠からは 「大体ダイブマスター取得直後のダイビングって皆、何かやらかすんだよね~、格好いいところ見せようとしてさ・・・」 と言われていましたし、カルピコU氏の足を引っ張ってはいけないということもあり、若干緊張していました。

  今回の参加者は、時に透明人間の評価者「海龍師匠」、受験者のカルピコU氏、アイスマンさん、イイトモ爺さん、フレイバーキタさん、内田工務店のウ~さんデンデン・ヒーランさん、ボクの同僚のヒミツのあっ子ちゃん、そしてボクちゃんの総勢9人です。



  結果は、「合格」 だったそうです (おめでとう!パチパチ)。 良い天候、良い透明度、行儀の良いメンバーと優秀なアシスタント(自分で言うなって) に恵まれたとカルピコU氏は謙遜してますが、いい天候や透明度に恵まれる運も実力のうち、日頃の行いの結果です(じゃーボクちゃんのあの悪環境は、日頃の行いの結果なのでしょうか…ションボリ)。

  今回のダイビングは、ダイブマスター取得後初めてのダイビングということと、卒業検定ダイビング被験者のアシスタントということでまたまた色々勉強になりました。


3月8日(土曜日)

 1本目チェックダイブを兼ねて桟橋北側の Fumika ポイントへ。今回のメンバーは先週末にAOWに昇格したばかりのヒミツのあっ子ちゃんをはじめ、数ヶ月のブランクのあるメンバーが数人いたので、カルピコU氏は「ゆったり、のんびり」ダイビングを強調 (こうやってリラックスさせるやりかたもあるんだよネ)。 海龍亭では当然のこととして 器材のセッティングは自分でやるんだけど(器材の不備は自分に降りかかってくるのであたりまえなんだ)、他のダイブショップでは、講習中なのに そうではないという とんでもないころがあるらしい。  新メンバーはここで手間取る人もいる。 

  水面で集合するまでに若干手間取ったけど、ともあれ潜降開始! おや? 「アイスマン・あっ子ちゃんペア」が手間取ってる。 師匠もこのときばかりは、invisible man からvisible man へと変身しあっ子ちゃんの手助けに。 みると、あっ子ちゃんは潜降しようとしながら、一生懸命フィンを蹴っているこれでは潜降できないのだ !  師匠はフィンを使わないように指導 (あれ?もしかしたら自分でフィンをガッシリつかんでいたかもしれない) して無事に潜降。 

  カルピコU氏のガイドの下、集合岩からガイド・ロープを伝ってFumikaポイントへ。 前回と比べると透明度もよく、ロープの先まで良く見える。おまけに流れもない。 ボクちゃんは少し浮き気味の人のアシストをしたくらいでほぼ開店休業状態。 さて、そこから西にガイド・ロープを伝っていこうとしたところ、ガイド・ロープが見当たらない・・・ ここは先人の山No.1DMが師匠に手伝ってもらいながらも 単独作業でロープを張ったところで 先日は確かにあったはずなのに・・・ カルピコU氏も戸惑い気味。 なぜか大丈夫と思っている場所でいつも問題が発生するのだ ! それでも皆の残圧が十分に残っていたので、コンパスを頼りに西に進行開始。 いやーダイブマスター修行を始めてからコンパスワークはホントに上達しました。 そして適当なところから南に針路変更 (実はちょっと早すぎたみたいだけど・・・)。 ボクちゃんはアシスタントなので皆の後方上空にいたんだけど、カルピコU氏も中層にいたので全体がかなり浮き気味になってました。 (ボクちゃんのDM試験のときも師匠に砂地はもっと底近くを這わないと何も見えないよ~!と同じ指摘されました)。

  一行は安全停止を兼ねて桟橋の東側の5m付近でウロウロ。すると、ウ~さんが身振り手振りで何かを指してる。 あれ?問題発生? もしくはカラオケの振り付けの練習? みると、寝そべる小型の亀が。 コトック島桟橋前で亀を見るのは本当に久し振りです。 慌てて皆を集めて周りから亀を観察 (イイトモ爺さんは残念ながら見えてなかったそうです) コトック島のスタッフの話によると、彼らは当日2匹を桟橋から確認してるそうです。 お帰り~、亀さん



緊張してブリーフィングするカルピコ U氏(手前) と 余裕たっぷりの アシスタントのボクちゃん(中央奥)

  2本目として、カルピコU氏は作業ダイブを計画していました。 空のアクア・ボトルに各人が願い事を書いて七夕の笹のように集合岩の上の間マーカーフロートのロープとミニバスの上マーカーフロートのロープに付けるというものです。 僕らDM三銃士は水中地図作成のためにしょっちゅうマーカーボトル付けはやっているけど、普通のダイバーはこんなことはやったことがないよね。 中性浮力を取る練習にもなるし、なかなかいい考えです。 少し東向きのカレントが出てきたので中性浮力を取るのに苦労していた人もいましたが、それでも1本目に比べるとものすごく落ち着いてます。 無事に願い事を取り付けて、Gポイント(通称カオリ岩)付近までいってから東側の浅場を戻ってきました。 アゲンストのカレントに一向は少し疲れ気味だったけど、こういうときこそ流れの比較的弱い水底近くを泳がなくてはいけないんだな~と思いました。 (ボクちゃんはナブコ島のチャネルのカレントを経験しているのでへっちゃらだけどね、エッヘン!) 

   皆がお休みの間にボクちゃんと師匠はなくなってしまったFumikaポイント西側のガイド・ロープの復旧工事をするために残ったエアーを使っての作業ダイビング (カルピコU氏は次回水中オリエンテーリングのチェックへ)。 ハンマーと杭をかかえる師匠はあっという間に潜降。 ボクちゃんは取り残され初心者になった気分で遅れて潜降。 無事に10-15m ほどのロープを設置しました。 でも油断しいてメッシュバッグとロープ一本を失くしてしまいました・・・シュン。

 3本目水中オリエンテーリング。 ボクちゃんの時もやったけど、水中に設置してあるマーカー・ボトルを決められた順番通りに通過して制限時間内に戻ってくるというもの (証拠として写真を撮ってくる)。 カルピコU氏は地上監視。 ボクちゃんは水中スクーターを使っての水中での監視。 出走順番は「アイスマン・あっ子ちゃん」、「イイトモ爺さん・デンデンさん」、「フレイバーキタさん、ウ~さん」です。 

  まずは、アイスマンさん達、お約束の集合岩での撮影を終えて、7番ボトル(やなぎ岩)に。これは知らないと結構むつかしいんだけどあっさり発見。 ボクちゃんは気付かれないように5m上方をついて行く。13番ボトルは簡単なのですぐにみつかるだろと思っていたら、案の定一直線に向かってい・・・あれれ? 二人とも目の前にあるボトルに気がつかない。 しかもあっ子ちゃんの足は目標のボトルを蹴ってる! 気がつくかな~と思ってしばらくほっておいたんだけど、カルピコU氏の指示もあり (あさっての方向にいったら止めてあげてください)、二人の前に潜行してスレートに「もう過ぎたよ!」って書いて見せました。 無事に13番まで戻りましたが、ここで「イイトモ爺さん・デンデンさん」と鉢合わせ (でもこのペアは7番を発見していなかったそうです)。 

  この二つのペアはほっといて「フレイバーキタさん、ウ~さん」を見に行こうと探したんだけど見つからない。 あれ~? するとなぜか、ずっとコースの先の1番ボトルのところにいる。 すごいペースだ (後で聞いたら他のをすっとばして1番に行ってしまったそうです)。1番ボトルは沈んでいたので空気を入れておきました。

  いや~上から見てると色々バディ・チームによって特徴があらわれているのがよく観察できます。 ぴったり寄り添う「アイスマン」ペア、大人の関係の「フレーバーキタさん」ペア (バディ離反寸前)。 その間が「イイトモ爺さん」ペアです。



  結果は全バディがパーフェクトとの審査委員長 カルピコ Uさんの判定です。 でも 本当は 指定順番どおりじゃないバディ・チームもあったので満点じゃないんだよねぇ・・・? カルビコ Uさん!


3月11日(日曜日)

  夜中3時頃の豪雨も嘘のように晴れ上がり、やっぱりカルピコU氏の日頃の行いでしょう。 

 本日の1本目(4本目) は小コトック島でのジープレック。 ボクちゃんの鬼門のポイントです (前回前々回の奮闘記をみてね)。 ゲームダイビングの二回目は「ひょうきん写真コンテスト」。 最初の鍵となるエントリーポイントもカルピコU氏はなんなくこなし、あっさりと潜降(つっ、つまらない.・・・)、おまけに潮の流れも全然ない(またまた、つまらない・・・)。 ボクちゃんは相変わらずの後方監視です。 カルピコU氏は、目印のタイヤもさっさと見つけて、北へと進路変更、そこには当たり前のようにジープが。 な、なんでボクちゃんは見つけられなかったんだろう。 

 バディたち一行は、そこでテーマのひょうきん写真を撮り始める。 う、うらやましい !ボクちゃんはといえば目印のフローとの周囲を旋回するだけ・・・ 「パイルドライバー」あり、「水中ドリンク」あり、「魚食べるの図」あり、の皆楽しい写真が撮れました。(これらの写真は後日公開予定です。 乞う、ご期待! とりあえず 審査委員長のカルピコ U氏が一番気に入った写真が左の写真です)

 その後はばっちりと浅場へ向かったカルピコU氏、お見事! (・・・と 書いておこう・・・)

  皆が水面休息を取っている間にボクちゃんは、カルピコU氏と最後の作業ダイブ。 Fumika ポイントにタイヤを運ぶ」のための準備ダイブ。 タイヤを確認した後も残圧がまだまだあったのでカルピコU氏が浮上した後も一人で遊んでました (ダイブ本数稼ぎという噂もある・・・)。

  カルピコU氏 最後の卒検ダイビング(5本目)はAチーム、Bチームの二つに分かれての作業ダイブ。 桟橋前にあるタイヤをFumikaポイントまで運ぶというもの。 ボクちゃんたちDM三銃士には当たり前の作業でも、こんなことはサーチ&リカバリーSPの実習の時以外には普段はしません。 みんな苦労するぞ~と思ってました。 フフフッ・・・ カルピコU氏のリフトバック使用方法の説明会のあと、作業開始。 あれ?順調だ、あまりにも順調すぎる。 いくら軽いタイヤといっても、潮の流れがないといっても、できすぎです。みんな優秀ダイバーだったのね。 Fumikaポイントにいったあとも、まだまだ残圧たっぷりだったので S4→カオリ岩を通り、最後ちょっと よく判らない行動もあったんだけど とにかく 無事に桟橋前に戻りました。


これにてカルピコU氏の卒業検定ダイブはめでたく終了し、 ボクちゃんのダイブマスターとしてのの初めてダイビングはこのようにして 特段なる大失敗もなく 終わったのでした、フ~ッ・・・

今回は7本も潜り頑張りました!自分の卒業検定ダイブは2本だけだったのにね




これまでの ダイビング 本数  177本 

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おっと 堂々たる1位と3位


久しぶりに Web Master が登場です。

  メンテ作業をしていて たまたま 本ブログ 『Yoichiro’s ダイブマスター修行 奮闘記』 が 「”ダイブマスター” ”ブログ”」 の2単語検索で 3月8日現在で Google Japan (129000件中) なんと 1位 Yahoo Japan  3位 (26700件中) に表示されるということを知りました。 

  まあ それだけの話ではあるのであるのですが、 やっぱり ブログ・オーナーとしては 大変励みになることなので、これも Yoichiro氏 への ダイブマスター合格 祝い ということでご報告しておきます。



Yoichiro’s ダイブマスター修行 奮闘記 に なっても がんばってくださいね !


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卒業検定ダイブ報告書提出の巻

 
  先週末の卒業検定ダイビングでダイブマスター免許皆伝(?)のお墨付きを海龍師匠から頂きましたが、実際のあこがれのあの黒いカード 『ダイブマスターの認定カード』 をもらうためにはいくつかの事務プロセスが残っています。 ひとつは報告書の作成。 もうひとつはPADI へのダイブマスター資格申請アプリケーションの作成です。

  卒業検定ダイビングの検定は、事前に提出した卒業検定ダイビングの最終計画書と照らし合わせて、計画通りに出来たところ、出来なかったところ (その場合はなぜ出来なかったとか) を報告する必要があります。  またトラブルがあったときにはどのような判断でどのように対応したかなども記載します。 ボクちゃんの場合はこの奮闘記に書いた内容とほぼ同じになりますが (勿論、ボクちゃんなんて報告書には書きませんけど)、 これは自分のダイビングを振り返るという意味でもすごく役立ちます。 (本当は全てのダイビングでログブックを書くときにやるはずなんだけどね・・・)。

 海龍師匠からは「OK」と言われました(ホッ!)が、 同時に 「2回ほど検定中止にかなり近づいた状況ががあったけど、自分で判る?」 と聞かれてしまいました。 えー勿論わかります。 前回ブログにも書きましたが、1本目でコースを若干外れたところと、4本目のジープレックで集合をかけられなくなりそうになったところです。 今更ながらドキドキしてしまいました。

  PADIへのアプリケーションは、通常の書式に則り書くだけですが、以前取得したOW, AOW, レスキューのカードとEFRのコピーを添付する必要があります。 なくしたかと思ってどぎまぎしちゃいましたよぉ・・・ カードの裏を見ると、OWからレスキューまでほぼ2004年の後半の半年で終わってました。 まさにレスキューまで駆け上がった感じですね。

   あとは、PADIから認定証と登録番号が到着するのを待つのみです。楽しみだ~ !!!


・・・ ダイブ本数170本  


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